私の毒親体験談

母の付属物だった私。

毒親育ちでも幸せになりたい

 

ここの管理人妹、さーやといいます。
姉の作ったサイトに文を書くなんて
こっ恥ずかしいのですが、、、
テーマが「毒親育ち 結婚」ということで
ぜひマジメに書いてみたいと思います。

 

 

うちの毒親(母親)は、
自分の子どもは完全付属物
と思っているような人でした。

 

 

母は、自分が子どもの頃に叶わなかった
「ピアノを習いたい!」という夢を、
私にピアノを習わせて実現させようとしたり、

 

 

同じような理由で、「優等生になりたかった」
という理想を私で叶えるために、
「常に学年で成績5番以内を取りなさい!」
という独自ルールを強制してきたり、

 

 

(そのくせ、母親自身は勉強嫌いw)

 

 

パート先で良いことがあった日は
嬉しそうにケーキを買って帰ってくるクセに
反対に嫌なことがあった日は
家に帰ってくるなり、

 

 

部屋が片付いてない!

 

 

と、私のアラ探しをして
ストレスをぶちまけたり。

 

 

それで私や姉が少しでも反発しようものなら
馬乗りになり髪の毛を引っ張って、
母の気が済むまで怒鳴り散らされた。

 

 

たぶん、多くの毒親がそうであるように
うちの母もかなりヒステリックな性格で、
言葉の暴力がメチャひどかったです。

 

 

小さな子どもに絶対教えちゃいけないであろう
(ちょっとここには書けない)差別用語とか
平気で浴びせてくるし・・・。
おかげで小学生のときすでに
変な差別用語いっぱい覚えちゃったよ。

母は私にしたことなんかキレイに忘れていた。

毒親の子

 

大人になって、ちょっと機会があったので
私が覚えてるかぎり、母親とのニガーイ思い出を
「昔、こんなことあったよね??」
と直接ぶつけてみたことがありました。

 

 

このとき母は、なんと答えたと思います?

 

 

そんなことあったっけー?
とか、言ってたんですよ!!

 

 

その場では、何食わぬ顔でスルーしましたが、
母のあまりのすっとぼけぶりに
ビンタの一発でも食らわしたろうかと思いました!
(もちろんしないけど。めんどくさいから。)

 

 

きっと母は、自分の不満やイライラを
幼い私にぶつけることでスッキリしていたから
これだけ綺麗に忘れていたんでしょうね(/Д`)

 

 

母は、いつも私に
「優秀な子」「学歴の高い子」
というレッテルを貼りたがっていました。

 

 

いま思えば、それは、
おそらく母自身がずっと抱えていた
コンプレックスの裏返しだったんだと思います。

 

 

だから、そのレッテルは
私の幸せを願って・・・というよりも、
周囲に「あたしがそういう娘に育てた!」と
アピールするためのものだったんじゃないかと。

 

 

実際、私が志望大学に合格した時、母は
「これでもう誰に会っても恥ずかしくないわ!」
と自信満々に言ってきたのです(-_-)

 

 

いままで恥ずかしかったのは、
私の人生じゃなくて
アンタの人生のほうだろ??

 

 

断っておきますが、
別に私は母親の人生を
恥ずかしいとか情けないとか思ってません。

 

 

母はずっと、父の稼ぎをあてにせずに
一生懸命働いてきたし、
父の実家まわりとか私の学校まわりとか
めんどくさいことも逃げないで
ひと通りやってきたの知ってる。

 

 

一番の問題は、母親自身
自分の人生が誰かと比べて劣っている、
「恥ずかしい」と思っていることなんだよね。

 

 

そしてそれを、自分を変えるんじゃなく
私という他人を変えることで
改善しようとしたところ。

 

 

でも実際には、それで成長できるのって
私であって、母親ではないんですよ。

 

 

母親自身は1ミリだって変われないの。
だって、行動してるの私だから。

 

 

なんで、いいオトナにもなって
そんなことが分からないんだろうね?

 

 

ほんと、「母親ざまぁ
って感じ。

毒親の顔色をうかがうのはマジでやめた方が良い。

毒親見返す

 

というわけで・・・
毒親の顔色をうかがっていたって
本当に無駄なので、マジでやめた方が良い。

 

 

とは言っても、
「どうしたら顔色うかがわなくて済むの?」
って思う人もいるかもしれません。

 

 

私が今、母親の呪縛から解放されて
自分のアタマで自由に物事を
考えられるようになったのは、
今の夫と結婚したからです。

 

 

夫は、私の無くてはならない最高の味方。

 

 

毒親を恨むのではなくて、
ポジティブに毒親を見返せば
毒親育ちも幸せになれます!

 

 

電話占いヴェルニ